はじめに:今回の「分散」は“時間分散”の話です

「分散」と聞くと、株と債券、国内と海外など“資産の分散”を思い浮かべる方も多いと思います。
ただ、今回比べたいのはここです。
- 一括:まとまった資金を、いま投資に回す
- 分散:まとまった資金を、数回〜数か月に分けて投資する(時間分散/ドルコスト平均法的な発想)
どちらも“長期投資”の枠内で成立しますが、結論だけ先に言うとこうなります。
結論:期待値は「一括」優位。ただし“続けられる方”が正解

Vanguard(バンガード)の研究では、世界株(MSCI World)の1976〜2022年データを使った比較で、
一括投資が時間分散(3か月に分割)よりも、1年後の資産額で上回った確率は68%
でした。バンガードコーポレート
Using MSCI World Index returns for 1976–2022,… calculated that LS outperformed CA 68% of the time
↓
【日本語訳】
1976年から2022年のMSCIワールド・インデックスの収益率を用いて、
一括投資(LS)が分割投資(CA)のパフォーマンスを68%の確率で上回った
と算出しました
つまり「約7割」です。
なので数字だけを見れば、
- 勝率(上回る確率)を取りに行くなら一括
- ただし、下落局面でメンタルが折れて投資をやめるくらいなら分散
この整理がいちばん現実的です。
投資は「最適解」より「継続できる解」を選んだ人が強いです。
なぜ一括が勝ちやすいのか:理由はシンプルに“市場は上がりやすい”

一括が有利になりやすい根本理由は、株式(や株式中心のインデックス)が長期では上昇しやすいからです。
上がりやすいものに「早く・長く」資金をさらすほど、平均的にはリターンが出やすい。
Vanguardの研究でも、時間分散は「一時的に現金で待機する割合」が増え、その分の機会損失が発生しやすい、という趣旨が説明されています。
a cash allocation reflects the opportunity cost of lost risk premium
the longer the CA horizon, the greater the opportunity costs incurred
↓
【日本語訳】
市場に投資していれば期待できた収益(リスク・プレミアム)を、現金で持っているために得られない損失が発生しています。分割投資(CA)の期間が長くなればなるほど、発生する機会費用は大きくなる。
「勝率70%」の中身をもう少し丁寧に説明

ここ、誤解が起きやすいので大事なポイントだけ整理します。
1) 70%は“いつでも絶対”ではない
Vanguardの数字は、前提が明確にあります。条件が変われば勝率も変わります。
- 対象指数:MSCI World Index(世界株の代表指数)=オールカントリー
- 対象期間:1976–2022年のデータ
- 比較する投資方法:
●一括(Lump Sum, LS)=最初に全額投資
●時間分散(Cost Averaging, CA)=3か月で3分割(同額を1か月おきに投資)- 勝敗の判定タイミング:投資開始から1年後の資産額(wealth)で比較
実際、似たようなJ.P. Morganの分析では「分割(phase-in)」が一括を上回る頻度が、
・3分割で37%
・6分割で34%
・12分割で31%
と示されています(=一括優位が多いが、分割が勝つ局面もある)。
- 対象ポートフォリオ:モデル60/40(60% S&P 500 / 40% Bloomberg US Aggregate Index)
- リバランス:四半期ごと(quarterly)
- 分割(phase-in)の定義:
3 tranches:現金を3等分し、約2か月にわたり段階投入
6 tranches:同様に約5か月で段階投入
12 tranches:同様に約11か月で段階投入- 分割中の“余った現金”の扱い:未投資の現金は 1–3 month T-Bills に投資されている前提
- バックテスト開始日:1989/12/31
J.P. Morgan Private Bank
2) 一括が負ける“3割”が、精神的にめちゃくちゃキツい
勝率が7割でも、負ける3割に当たったときが問題です。
- 入れた直後に下がる
- その下げが数か月〜年単位で続く
- 「自分の判断が間違っていた」と感じて投資をやめたくなる
この“最悪の行動(途中離脱)”を防ぐ意味では、分散は十分に価値があります。
Vanguardも、損失回避が強い投資家にとっては時間分散が投資継続に寄与し得る、という整理をしています。
a CA approach may be more suitable, because it reduces the risk of drawdown or even abandoning their investment plan altogether
lowering risk could limit drawdown and the accompanying investor regret in a severe market downturn, thus preserving commitment to the investment plan.
↓
【日本語訳】
「(一括投資に比べて期待収益は下がる可能性があるものの)分割投資(CA)というアプローチの方が適している場合もあります。なぜなら、資産の大幅な下落(ドローダウン)のリスクを抑えられ、投資計画そのものを断念してしまう事態を防げるからです。」
「リスクを抑えることは、深刻な相場下落時における資産の目減りと、それに伴う投資家の後悔を和らげることにつながります。その結果、投資計画を最後までやり遂げる意志(コミットメント)を維持しやすくなるのです。」
じゃあ、あなたはどっち?判断の目安チェックリスト
ここからはチリトク流に「迷いにくい決め方」を置いておきます。
一括が向いている人
- 投資期間が長い(10年以上を想定)
- 多少の含み損は“予定通り”と思える
- ルール通りに継続できる(狼狽売りしない)
- 資金が“余裕資金”で、生活防衛費は確保済み
分散が向いている人
- 入れた直後の下落が怖くて、投資行動が止まりそう
- まとまった資金の投入が初めて
- 近い将来に大きな出費予定があり、心理的余裕が薄い
- 「一括が正しいのは分かる。でも自分には無理」と感じる
結局のところ、投資でいちばん損をしやすいのは“戦略ミス”より“行動ミス”です。
分散は、行動ミスを減らすための保険として機能します。
「分散するなら、こうやる」と決めておくと強い
時間分散は、やり方がブレると「結局いつ入れるの?」問題が発生します。
おすすめは“機械的なルール”にすること。
例:分散のルール案(迷いが減る)
- 3回:今月・来月・再来月で1/3ずつ
- 6回:半年で1/6ずつ(最もよくある落とし所)
- 12回:1年で1/12ずつ(慎重派。ただし機会損失は増えやすい)
J.P. Morganの分析でも、分割を長くしすぎるとリターン面では不利になりやすい、という方向性が示されています。
“ハイブリッド案”がいちばん現実的な答えかもしれない

実際にお会いした方の相談で多いのがここです。
「一括の期待値が高いのは分かった。でも怖い」
この場合は、折衷案も良いでしょう。
ハイブリッドの例
- まず半分を一括で入れる
- 残り半分を3〜6回で分散する
- 以後は毎月の積立(収入からの自動化)に戻す
これなら、
- “時間を味方にする”部分(一括)
- “後悔を減らす”部分(分散)
を両取りしやすいです。
よくある質問
Q1. 今が高値っぽい。待った方がいい?
「高値かどうか」は後にならないと分かりません。
Vanguardの研究でも、時間分散は平均的に一括より有利になりにくい、という結論が示されています。
待つ戦略を取るなら「いつ、どの条件で入れるか」を事前に決めないと、待ち続けて機会損失になりがちです。
Q2. 分散(ドルコスト平均法)は“損しない方法”ですか?
違います。分散は損失をゼロにしません。
期待リターンを少し犠牲にして、短期の不運(直後の下落)への心理的ダメージを和らげる方法です。
Q3. 新NISAだとどう考える?
新NISAは「長期・積立・分散」の土台が強い制度です。
毎月の積立が基本になりますが、もしまとまった資金があるなら「一括 or 時間分散」の選択肢が出ます。
このときも結論は同じで、続けられる形が正解です。
まとめ:あなたは“勝率70%”に挑戦しますか?
- データ上は、一括が勝ちやすい(Vanguardでは68%)
- ただし、負ける局面に当たったときの心理コストは重い
- 投資は「正しさ」より「継続」が強い
- 迷うなら、ハイブリッド(半分一括+半分分散)が実務的
最後に、チリトクらしく一言で締めます。
勝率70%は魅力的です。
でも、あなたが本当に取りに行くべきなのは「一括の勝率」ではなく、長期で市場に居続ける勝率です。
もし「自分の場合はどれが最適か」を具体的に整理したいなら、
(生活防衛費・目的・投資期間・リスク許容度)を紙に書き出すだけでも判断が一段ラクになります。
※この記事は一般的な情報提供であり、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の状況(目的・期間・リスク許容度)に合わせて行ってください。

